道徳教科書の「パン屋問題」で文科省を批判する前に考えたいこと

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最近、道徳教科書の検定問題が話題ですね。

ニュースでたくさん取り上げられているように、教科書というのは、文部科学省の検定を通ったものしか認められません。粗悪な教科書が出回らないように、一定の品質を担保する制度があるというわけですね。

教科書の検定というのは、試験のように基準に達しなければ一発アウトというわけではありません。文部科学省から教科書会社に向けて、「こういう観点で問題があるので、修正してください。」と注文がつき、それに対応できれば、検定は通るようです。

パン屋が和菓子屋に

今回、道徳教科書に関する文部科学省からの注文について、ネットを中心に批判が高まっています。

例えば、国や郷土を愛する態度の観点から、「パン屋」が「和菓子屋」に変更されたり、高齢者への尊敬と感謝の観点から、「おじさん」が「おじいさん」に変更されたりしたようです。

最初にこのニュースを見たとき、このパン屋の変更にとても驚きました。パン屋だと国や郷土を愛することにはならない、しかし和菓子屋さんであればOK、というのは、さすがにおかしいのではないかと思ったからです。

パンだって日本で独自に発展してきた部分はあるでしょうし(例えばラーメンはもともと日本のものではありませんが、日本で独自に発展していますよね)、そもそもパン屋がダメと言われたら現在パン屋を営んでいる人に失礼ですし、逆に和菓子屋に触れることが道徳なのか、と思わざるを得ません。

(2017年4月7日追記)

今になっても、まだまだパン屋業界から怒りの声がぞくぞくと挙がっていますね。文科省にしても、教科書会社にしても、「まさかこんなことになるとは……」と今後の対応について苦慮しているのではないかと推測します。

 パン屋は「国や郷土を愛する態度」にそぐわないのか。来年春から小学生が教科として学ぶ道徳を巡り、ある教科書の記述が文部科学省の検定意見を踏まえ「パン屋」から「お菓子屋」に変わった。「学校給食で協力してきたのに、裏切られた」。パン屋さんたちの怒りが収まらない。

上記記事には出版社に対する批判もありましたが、初めての検定で基準もわからない以上、無難な選択肢を選んでしまうのはやむを得ないかなと個人的には思います。

(追記ここまで)

文部科学省が指示したわけではない

しかし、今回の件は、文部科学省が「パン屋から和菓子屋に変更しろ」と注文をつけたわけではないようです。

「パン屋」は「和菓子屋」に、「アスレチック」は「和楽器店」に――3月24日に発表された小学生向け道徳教科書の検定結果に、ネットが騒然としている。国や郷土を愛する心を育む上で不適切とされ、変更になったというものだ。朝日新聞などが報じ、ネットでは「戦前かよ」「さっぱり意味が分からない」など、批判と驚きの声が相次いでいる。 ...

上記のウェブページに、文部科学省のコメントが掲載されていました。以下に引用します。

道徳の学習指導要領では、最低限教えなければならない項目を学年ごとに19~22個定めています。パン屋が和菓子屋に修正された教材は、検定時に書籍全体として『我が国や郷土の文化と生活に親しみ,愛着をもつこと』という項目の、特に『我が国』の部分の記載が充足していませんでした。そのため、教科書全体を通してこの部分を記載するよう指摘したまでです。パン屋の個所が悪いという意図はありません

教科書の検定というのは、文部科学省の気分で合格か不合格かを決めるわけではなく、学習指導要領に記載されている項目がすべて記載されているかという観点で検定が行われます(もちろん他の観点もあるでしょうが)。

文部科学省としては、あくまでその項目がすべて記載されていないという指摘をしただけ、ということですね。出版社は「いわゆる愛国心の部分の記述が足りないよ」という注文を受け、あくまで出版社側の判断として、パン屋から和菓子屋に変更したということだそうです。

確かに、どう考えても批判されそうなパン屋から和菓子屋への変更の注文を、文部科学省がつけるはずがありませんね。

(2017年4月7日追記)

「政府は7日の閣議で、『(文部科学省が)パン屋に関する記述に特定して検定意見を付した事実はない』とする答弁書を決定した」とのことです。

だいぶ国に対して批判がありましたから、政府としても出さざるを得なかったのかなと思います。ただ、これはこれで「出版社への責任のなすりつけだ」という批判が挙がってきそうです。

(追記ここまで)

文部科学省の検定の是非

ただ、いくら出版社の自己判断だったとしても、パン屋では検定が通らず、和菓子屋に変更して検定が通ったのなら、やっぱり文部科学省の基準はおかしいと言わざるを得ません。結果的に、愛国心的にパン屋はダメで和菓子屋はOK、と認めていることになるからです。

ここで問題になるのは、文部科学省から、いわゆる愛国心の部分「だけ」に注文がつき、教科書会社もパン屋という単語を和菓子屋という単語に置き換えた「だけ」で合格したのかどうか、ということになると思います。

つまり、検定に合格したのは、パン屋から和菓子屋への変更「以外」の要因が大きかったのかもしれない、ということです。ここがわからないことには、文部科学省の検定の是非を検討できません。

以下のNHKのサイトでは、教科書の検定問題が解説されています。

 来年春から小学校で新たに教科としてスタートする道徳の初めての教科書検定が終わり... #nhk_kaisetsu

上記記事によれば、問題となったのは1年生の「にちようびのさんぽみち」という教材のようです。「日曜日におじいさんと一緒に散歩に出かけた少年が普段とは違う道を歩き、地元のよさを発見する」という内容です。

この記事中の画像の中に、問題となった教科書の変更前と変更後の画像が写っており、拡大すると中身を見ることができます。

見える範囲のうちの一部を以下に引用します。まずは変更前です。

【変更前】

そして、よい においが して くる パンやさん。
「あっ、けんたさん。」
「あれ、たけおさん。」
パンやさんは、おなじ一ねんせいの おともだちの いえでした。
おいしそうな パンを かって、おみやげです。
それから ちがう はしを わたって……

つづいて、変更後です。なお、強調部分は私が勝手につけたものです。

【変更後】

そして、あまい においの する おかしやさん
「うわあ、いろんな いろや かたちの おかしが あるね。きれいだな。」
「これは、にほんの おかしで、わがしと いうんだよ。あきに なると、かきや くりの わがしを つくって いるよ。」
おみせの おにいさんが おしえて くれました。
おいしそうな くりの おまんじゅうを かって、だいまんぞく。
それから ちがう はしを わたって……

これをみると、単に「パン屋」を「和菓子屋」に置き換えたわけではないことがわかります。和菓子が日本のお菓子であることと、四季の変化が表現される、ということがそれとなく示されるお兄さんのせりふ(引用文中の青字部分)が追加されています。

たぶん文部科学省的に、「パン屋か和菓子屋か」ということよりは、どちらかというとこちらの日本文化の説明部分の追加の方が大切だったのではないかと思います。さすがに、和菓子屋への変更「だけ」で『我が国や郷土の文化と生活に親しみ,愛着をもつこと』にはつながらないと感じるからです。

仮に、パン屋のままだったとしても、日本文化に関わる記述を盛り込めたのであれば、検定は通った可能性があるのではないでしょうか。

実際のところどうなのかはわかりませんが、ネット上でよくみる「これぞ忖度(そんたく)だ」「変更により合格したなら、結果的にパン屋ではダメと認めたようなものだ」という指摘は、必ずしも正しいとは言えないのではないかな、というように感じました。

先入観を捨てる

確証バイアスという言葉があります。詳しくは検索していただければと思いますが、要は「先入観をもとに、見たい情報だけを集めて、さらにその先入観を強める」みたいな感じです。

この例でいうなら、先入観として「文部科学省(国)はおかしなことばかりする」という考えをもっている人が当てはまります。それをもとに今回のニュースを見れば、「文部科学省がくだらない検定をしているらしい、やっぱり文部科学省はおかしいことばかりするんだ」と、先入観を強めるということですね。逆に、文部科学省が素晴らしい取り組みをした、というニュースがあっても、それは目に入らなくなります。

この件では、ちょっと怖いくらい、異様なまでに文部科学省を責める人がネット上にいます。こういう人は、確証バイアスに陥っているように思えてなりません。

もっとも、文部科学省は権力をもつ存在ですから、批判的にみることは必要なことですし、実際におかしなこともたくさんしています。最近でいうと、天下り問題が大きな話題となりました。

ただ、それと今回のニュースの問題は切り分けて考えなければなりません。脊髄反射的に文部科学省を批判するのは、あまり健全ではないのではないかな、と思います。

なにか批判をするときは、「とりあえず先入観を捨てる」のが大切ではないでしょうか。

正直なところ、私もこの問題については「また文部科学省が訳のわからないことをし始めたぞ…」というのが第一印象でしたが、ちょっと見方が一方的すぎたと反省しています。

まとめ

まぁそうはいっても、毎回毎回ニュースを見るたびにこういうことを考えていては大変ですし、疑い始めたらキリがありません。

ただ、確証バイアスについて意識して、先入観を捨てようとするだけでも大きく違うと思います。

少なくとも、「何が正しいかなんてわからないんだから、とりあえず一瞬でもいいから別の視点で物事を見てみる」というのは意識しておきたいなと思いました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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