人生の最後の日を考える

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プレゼンテーションの天才、スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学で行ったスピーチは、多くの人が知る名スピーチだと思う。

自分が創業したAppleを追い出されたものの、愛する仕事を続けることで、またAppleに戻れたというドラマティックな生い立ちや、「点と点をつなげる」、「ハングリーであれ。愚か者であれ。」など、多くの名言と教訓を残したジョブズのスピーチ。

今なお、人びとを魅了するこのスピーチを私が初めて聞いたのは、確か大学生のときだったと思う。その時、特に印象に残ったのが、以下の話だ。

私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。

出典:日本経済新聞(2011年10月9日)

もし、今日が人生最後の日だったら……。そう考えることで、自分にとって大切なことが何なのかが見えてくる。

このスピーチを聞いたとき、「わぁすごい、深いなぁ、自分も実践してみようっと!」と思った。

「最後の日」の実感が湧かない

さっそく、ジョブズを見習って2、3日考えてみたものの、すぐに形式的になってしまい、1週間もすると、「人生最後の日だったら……」とは考えなくなってしまった。

そもそも、今日が人生最後の日だなんて、本気では思えないからだ。

だって、おそらく明日もあさっても、自分の人生は変わりなく続いていくという前提で生きているし、だからこそ将来にも希望が持てる。そりゃあ今すぐ死ぬ可能性も無いことは無いけど、そうそう簡単に死ぬようなもんでもないし。というか、本当に今日死ぬとしたら、たぶん仕事には行かない気がするし、大切な人に会いにいきたいし、最後くらい、おいしいごはんを食べておきたい。

そういうことを考えてしまうと、やっぱり今日が人生最後の日だとは思えなかった。これを33年間自分に問い続けられるジョブズはすごいなー、自分には無理だなー、なんて思った。

それでも、確実に「最後の日」はやってくる

そんな感じでしばらくすると、ジョブズのスピーチのことは頭の片隅にやられていたわけだけど、最近、この言葉を思い出す機会があった。

自分の身近な人が突然死したのだ。

本当に何の前触れも無く、突然のできごとだった。数時間前に元気に話をしたばかりじゃん、と思った。さっきまで一緒にいたのに、たった数時間でこの世を去るなんて、夢にも思わなかった。

こんなことだったら、もっといろいろ話せばよかった。もっと優しく接しておけばよかった。今日死ぬって分かっていたら、もっといろいろやりたいこともあったのに、と思った。

こういうことがあると、今までなんとなく遠いできごとのように感じていた「死」というものが、急に身近に感じるようになり、怖くなった。

ジョブズはこうも言っている。

誰も死にたくない。天国に行きたいと思っている人間でさえ、死んでそこにたどり着きたいとは思わないでしょう。死は我々全員の行き先です。死から逃れた人間は一人もいない。それは、あるべき姿なのです。

出典:日本経済新聞(2011年10月9日)

わかっているつもりでも、なかなか実感が沸いてこない「人生最後の日」だけど、それは、必ずやってくる。

身近な人の死によって、急に現実感を持って、「最後の日」をイメージできるような気がした。

そんなとき、冒頭のジョブズの言葉を思い出したのだ。

突然来る死に対して、自分は後悔することはないだろうか。自分の生き方はこれでいいのだろうか、と。

毎日を大切に

普段「毎日を大切に生きましょう」みたいなことを大真面目に言われると、「うわぁー、クサいこと言ってるよ」と少し引いてしまうけど、やっぱり毎日を大切に生きるというのは、とても大事なことだと思った。

それは、自分の人生の目的が何かを考え、実践する、みたいな自己啓発的な考え方だけではなくて、例えば大切な人に日頃から感謝の気持ちを伝えるとか、親孝行をしておくとか、身近な人とのつながりを大切にするとか、そういうことも含まれると思う。

私たち一般人は、ジョブズのように毎日「最後の日」をイメージすることはなかなかできない。そして死について考えず、時間が永遠に続くと思うと、私たちはついつい、「またいつか」で先延ばししてしまいがちだ。

しかし、確実に「最後の日」はやってくる

身近な人の死は、普段はなかなか考えられない「最後の日」を考えるきっかけになった。

ジョブズは、「死は生物を進化させる担い手である」と言う。私は今回の一件から、人の死を通じて、自分自身の生き方も進化させていかなければならないんだと、そう言われているような気がした。

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